昨日、息子の大学卒業式が行われた
大学全体と学部別の卒業式に出席した
教授の方々からの最後のお話しを聴く
「挨拶できるようになりましょう」
「報連相が大切」
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なんだかなぁ
正直なところ、大学卒業する間際に繰り返し言われる言葉じゃないよなぁと感じた
(これって人が生きていく上で基本的なことなのに全くできてない学生が多かったのでは?)と心配し、この子たちは本当に大丈夫なのか?心の中で思う
基本的なことがきちんとできていたならば、わざわざ学部別の卒業式で偉い方々からこのような言葉をかけられることはないだろう
ここにいるのは学生とは言え、既に成人したオトナだろうに…と素直に思った
保護者のひとりとして恥ずかしく思った
結局のところ、オトナのふりした子どもなんだ
我が子も含めてだが、自己中心的な人間が多いのだろう
コロナ禍が青春時代真っ只中な世代
コミュニケーション能力が高まっていく時期に大切な時間を奪われた子どもたちだ
大学に入学したときも学校ではなく、オンラインで学ぶことが余儀なくされた学生たち
だからといって挨拶しないことや時間を守らないことの言い訳にはならない
それはそれ
これはこれ
社会人として生きていくために大切なことなのよ、結局ね
挨拶をしないで叱られることはあるけど、挨拶をし過ぎて注意を受けることはまずないだろう
時間を守ることも信用・信頼されるためには大切なことだからね
人として相手のことを大切にする
思いやる気持ちを持つ
もちろん、自分自身も大切にする
本来なら、大学に入る前に身につけておくべきことが習慣・習得できていなかったんだ
未熟で足らないことだらけの
[オトナ風子ども][子ども風オトナ]
その子たちが世の中にドバッと放出される
各々、間もなく県内外で新生活を送るのだ
そのまま大学に残り、大学院へ進学する人
自分が決めた道に向かって就職する人
それぞれが頼もしい人間になることを願いつつ、先生方の話に対して真剣に耳を傾ける
今後、私が卒業式に参加することはおそらくもうないだろう
なんだか感慨深いものがあるな
母を早くに亡くし、昭和生まれの荒々しい父に男手ひとつで育ててもらった私
父親の強くてキツい言葉に傷付き、時には殴られた
九州男児を絵に描いたような無骨人間に育てられた私は決して太陽のように明るく、いつも子どもの心に寄り添って生きられるような優しい母親にはなれなかった
何故なら、母親というものを知らなかったから
出産してから毎日、何もかもが手探りで必死だった
でも、手は抜かず、その時々で精一杯子どもたちに向き合ってきたつもりだ
片親に育てられた私に育てられた息子と娘…
野良犬ならぬ、野良の母
野良母
もしくは野生の母
お手本がないから自分の母親としての振る舞いが正しいのか、ダメなのかわからない
わかることは何もかも荒っぽい私(母)との暮らしは子どもたちにとってキツかっただろうな
心が苦しかったろうな
私自身、初めての子育てを行うにあたり、いつも完璧でならないと思い、何故か周りの目や評価を気にしてしまっていた
子どもたちに対して
「賢く、真面目でいいこ」
を育てることに必死過ぎたと思う
そのため、子どもたちの思いや声、成長をどのくらい冷静に見て尊重できていたのか、全くわからない
きっとできていなかっただろう
私の子育ては客観的に見てダメなものだらけ
ものすごく神経質で心配症なくせに常に完璧主義を求めてしまうあまり、子どもたちにとっては余白がなく、息苦しさを覚える日々だったに違いないと思う
本当に申し訳ないと思う
もしも幼い頃にもう一度タイムスリップができるのなら、もっと笑って楽しく毎日が過ごせるようにしたいと本当に心から思う
何はともあれ、子どもたちが心も身体も健やかに朗らかに生きてくれるように力を注ぎ、そばにいたい
苦難に見舞われたときは
「まぁ、いいか」
「なんとかなるさ」
をその度に繰り返して育てていたら、今みたいにガチャガチャ、バラバラな家族になっていなかったと思う
全部私が悪かったんだ
まぁ、後悔したところで時は戻らない
息子の卒業式目前に控えた前日、息子の大学卒業を祝い、心待ちにしている方々に夫と息子と三人で報告とお礼、ご挨拶をさせてもらった
そして、翌日
息子の卒業式当日
土砂降りだけど、なんとか撮影した記念写真
改めて、息子の晴れ姿とメッセージを家族らに送付した
「おかげさまで大学卒業しました」
私のお友達からは息子の大学卒業を祝う心温かなメッセージが届いた
そして、実家の姉からは「子育てお疲れさま」とメッセージをもらった
思わず、私はその言葉を見て泣きそうになった
夜勤を伴う仕事や地域の消防活動をしていた父は私の学校行事に全く参加してくれなかった
私が末っ子だからなのか、何故か一度も学校行事に来ていないと思う
来てもらった記憶がない
当然、運動会の写真にも父はいなかった
その代わりに全てにおいて姉が入学式も三者面談も卒業式も来てくれた
毎日、朝早く起きてお弁当を作ってくれた
たまに寝坊した私を学校まで送迎してくれた
学費や模試代金など、たくさん払ってくれた
たくさんお世話になった姉にとても感謝している
感謝するとともに自分だけがさっさと実家を出て(町内にいるが)結婚したこと、就職したこと、そして、ガンになって弱っていく父を最期まで支えてもらったことをいつも申し訳ない気持ちで感じている
この世にもしも姉がいなかったら、私は絶対に生きていない
私は姉の自由な時間をずっと奪って生きてきた
頼るはずの母親が亡くなり、心細かったと思う
母親が亡くなった以来、ずっと姉は幼い妹(私)がいるから【姉】としての役割を果たしてきた
【姉】として生きなければいけなかった
今の言葉で言えば、ヤングケアラー
家族の中で【姉】が一番しんどい思いをすることが多かったと思う
こういう表現はよくないと思うが、、、
父が亡くなり、ある意味、身軽になったところもあるだろう
何もかも家族に縛られていたような姉の人生
姉には自分の人生を楽しんでほしいと心から望んでいる
その姉から届いた言葉は自分にとって良くも悪くも心にとても響いた
今の私がいるのは姉のおかげ
姉たちがいなかったら、私はただのバカで世間知らずでとっくの昔に腐っていたに違いない
私が就職したあと精神的に脆くて壊れてしまい、真っ暗な部屋(実家)で療養していたときも淡々と姉は仕事に行き、【生活すること】【生きること】を見せてくれた
やがて、私が結婚し、子どもたちを連れて実家に遊びに帰るといつも温かな手料理でもてなしてくれた
姉からの言葉を再び噛み締める
私の子育ては終わったのか
それとも、まだ終わっていないのか
正直、私自身何もわからない
子育ては親育て
せっかく姉が私のことを一生懸命に育ててくれたのに私は母親としてまともに育つことができなかった
申し訳ない
私はいつまで経っても不良品
オトナだけど、ポンコツの不良品な母親だ
あと数年で半世紀
歳だけ重ねてしまったオトナ風子どもの私
オトナのフリをしているのは私も同じ
未熟な人間であることに変わりない
学びのない、ダメダメな人間なんだよ、私は
最後の最後まで大学の教授方に注意を受けていたた学生と私は一緒なのかもしれない
かもしれないじゃないな、未熟者なんだよ、私は
土砂降りだけど、ハレの日にどんよりモヤモヤしたまま、こんな門出の日に心がポッキリ折れている私
いつの日か悩みがなくなって、心から笑える日が来るのだろうか
ふぅ〜
ストレスは万病のもと
気にしないようにして穏やかに過ごしているつもり
だけど、いくつも爆弾抱えて過ごしている毎日でとても息苦しい
ため息ばかりだ
これは季節の変わり目だからなのか、年齢的に揺らいでいるからなのか

息子が通っていた大学に桜がちらほら咲き始めている春
私も今後はもう少しまともなオトナになれるようによく考えて動いていこうと思う
ストレスなくなれ
完璧主義・心配症はほどほどに
いい加減がいい加減
まぁ、いいか〜的な思考で過ごす
ふんわりと受け入れ、受け流す
なんとかなる
家族やお友達のおかげで今日という日を迎えられたことに心から感謝して過ごす
何はともあれ、息子よ、卒業おめでとう

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小学校入学式を思い出させるような懐かしくてかわいい、素敵な展示